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【天然ガス・未来へ】第1部 LNG黎明期(1)社運懸けた輸入開始 需要急伸と公害問題に応え 【1面】
 1969年11月4日午前、「ポーラ・アラスカ号」が東京湾に姿を現した。東京ガスが調査・準備に十余年掛けたLNG輸入の第1船だ。

 午前10時40分、同社根岸工場(横浜市)に着桟。安西浩社長(当時)が待ちかねたようにはしごで船上に上がった。高さ10mほどはあるはしごは、折からの強風で大きく揺れる。それをものともせず、68歳の安西社長は巨体を揺らしながら登り、村上武雄資材部長(後の社長)が支えるように後に続いた。

 「社運を懸け取り組んだLNG輸入が『とうとう実現した』と実感した瞬間でした」
 その光景を現地で見ていた入社6年目の東京ガス資材部原料課員で、後に原料部長を務めた大沼明夫さん(77歳)は、初入港当日の様子をこう振り返る。

◇「LNGしかない」

 東京に青空を取り戻そう―。この合い言葉のもと、硫黄分を全く含まない「夢の無公害燃料」LNGは、多くの関係者から期待されていた。

 1960年代の日本は高度経済成長を実現する一方、公害が顕在化、首都圏では大気汚染が深刻化した。工場や発電所等から出る「亜硫酸ガス」(硫黄酸化物)を原因とする健康被害が広がり、その克服は国家的課題となっていった。

 東京ガスも大気汚染公害と無縁ではなかった。ガス原料の石炭や石油(ナフサや原油など)には硫黄分が含まれ、ガス製造時に亜硫酸ガスが発生するためだ。

 安西氏は、公益事業者としては、規制基準を守るだけでは不十分と考えた。69年1月、東京都と公害防止協力の覚書を締結、都内3工場の石油系原料を見直し、亜硫酸ガスを5年後に半減すると公約した。ポーラ・アラスカ号の根岸工場着桟の10カ月前のことだった。

 そのときには、第2弾の千葉新工場(現在の袖ケ浦LNG基地)も計画していた。この二つにより、首都圏全体を視野に積極的な公害対策を進める構想だった。

 アラスカLNG長期契約調印式(1967年3月 写真提供:東京ガス)

―全文は本紙で



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